Dunhill's Shell Briar O Squat-bulldog Double Patent(1930)

pic01

description:

このパイプは、とある海外のダンヒル・コレクターが1970年代にアイルランド・ダブリンにあったタバコニストのストックの中に発見したものである。当時既に40年もの間棚の引き出しの中で眠り続けていたパイプであるが、そのコレクターも結局火を入れることなく、製作から79年が経過した現在まで未使用のままで保管されている。

1930年製作の、英国向けPatentを備えたShell Briar、シェイプはQuaint Shapeのスクワットブル、O。この年代の、とりわけShell Briarの未使用品を見つけることは極度に難しい。戦前、俗に言うDouble Patent期のShell Briarが、後年(例えば60年代)のものとどこがどう異なっているかを知る意味でも格好のサンプルだろう。経年変化や使用による疲労でぼやけがちな、Shell Briarというパイプ界にあまねく影響を与えたサンドブラスト・フィニッシュの原点に近い姿を、製作当時そのままの状態で見ることができるという意味で極めて資料的価値が高い。

smallpic04 smallpic05 smallpic06
pic03 pic14 pic02

Alfred Dunhill quaint shape "O" shape execution :↑

このシェイプOのように、数字のシェイプナンバーでなく1〜3文字のアルファベットをからなるシェイプナンバーを持つものはいわゆるLetter Shapeと呼ばれるが、これらのQuaint Shapeが黎明期のAlfred Dunhillに於けるカスタムメイド・シェイプ、すなわちOwn Designに端を発しているということは以前にも述べた。顧客の要望によって偶然生まれたとはいえ、Bulldogという19世紀からある(1920年当時としても)クラシックなシェイプにロープロファイルな形を与えたおそらく最初の例であり、スクワットブルというシェイプの始まりでもある。深いブラストによって、Bruyère(スムースバージョン)のマッシブでスタウトなシェイプ・エグゼキューションがスレンダーでストイックな印象に一変していることに注目。Shell Briar特有の、刻印打刻用に切られたフラット・ボトムがプロファイルのさらなる低姿勢化に寄与していることも見逃せない。

また、Bulldog系シェイプに特有のツイングルーブがオミットされるのが、Alfred Dunhillのサンドブラストパイプの一つの大きな特徴である。シャープなエッジと直線を感じさせるツイングルーブが最も目立つボウル外周に存在しないことは、ラグドでラフなテクスチャをより一層際立たせることとなり、Shell Briarのそもそものデザイン目的である、<人工的な自然>という哲学に完全に合致する。細かい点ではあるが、この英断は賞賛に値するといえる。

ちなみにこの個体にはボウル下面にセリフ(ヒゲつき文字)書体の1が刻印されているが、これはインナーチューブのサイズナンバーであり、シェイプナンバーはオミットされている(※1)

smallpic01 smallpic02 smallpic03

 

pic05 pic06 pic07 pic08

Sandblast texture of 1930s Shell Briar:↑

Double Patent期のShell Briarのサンドブラストテクスチャ。最初期の1920年代に比べるとシェイプアウトはやや控えめになってはいるが、それでもなお全体に横溢する荒々しさは凡庸なサンドブラストの比ではない。どの角度から見てもキャラクターに溢れ、見る者を魅了するフィニッシュである。オール・オリジナルのレッド・ハイライトのステインの状態に注目。ボウルトップの(本来鏡面のように平坦であるべき)平面が、まるで波打つようにブラストによって変形しているあたり、日本の織部などの茶器との共通点すら感じさせる。

Alfred DunhillのこのShell Briarというフィニッシュの発見が当時から現在に至るまで、パイプ業界に与えた影響の内でも最大のものであろう。それにしても美しいフィニッシュである。私見ではあるが、サンドブラスト技法が前代未聞の発展を遂げている現代北米のアルティザン・パイプ群においても、このPatent期のShell Briarのブラストに匹敵するものは未だ数えるほどしかない。(※2)Shell Briarの登場をもってして既にサンドブラストの技法は完成していたのだ。

(下)戦前のShell Briarのサンドブラスティングのハイライトともいえる、シャンク/ステムジャンクション部。ほとんどの(モダン含む)メーカー、作家がこのジャンクション部でブラストテクスチャを弱めたり、スムース面を作ったりしている中で、ただAlfred Dunhillのみが結合部にまで完全に到達するテクスチャを実現している。パイプ製作中はステムを完成まで外さない、というのが一般的な常識ではあるが、おそらくAlfred Dunhillではシェイプの削り出しが完了した時点で一回ステムを外し、ダミーの治具のようなものをテノンに装着して保護したのちにサンドブラスト処理を行ったのだと考えられる。おそろしく手間がかかる方法ではあるが、有機的で不整合で非直線的なサンドブラストのテクスチャと、無機的で直線的、幾何学的なエボナイト・ステムのコントラストを最大限に引き出すにはこの手法しかないと言える。このシェイプOの場合、Bulldog系のダイヤモンド・ステムによりステム側の幾何学性は一層強調され、ツイングルーブが省略されエッジのほとんどがブラストによって消失していることによってスタンメル側の有機性も強調されているため、そのコントラストは数倍にも増幅されすさまじい効果を上げている。

 

pic09 pic10 pic11

Engineering & Details of pre-war Shell Briar:↑

リップに関しては1920年代の断面が丸みを帯びたタイプのビットから、薄くて咥え心地のよいものとなっており、格段の進化が見て取れる。アラインメントなどの面でこの時代のものにはバラつきが見られるとはいえ、この個体は評価の高い1960年代のものと比べても遜色がない。ステムのフィッティング、ダイヤモンドシャンク/ステムの整合も見事な部類に入る。

(下)煙道はINNER TUBEが挿入されるため、かなり大口径に開けられている。これがチューブ不使用時のオープンなドローの一因となっている。

 

pic12 pic14

Alfred Dunhill "Franged" INNER TUBE↑

テノン直前でストッパーとして機能するフランジのついたタイプのインナーチューブ。こちらは通常のPAT. N° 5861/12(英国用特許番号、米国向けはPAT.N° 1130806/15)ではなく、PAT. N°116989/17(英国用特許番号、米国向けはPAT.N° 1343253/20)がアサインされる。チューブ本体にもパテントナンバーが打刻されている。下の写真は装着時のボウル内での状態。

 

pic13

Nomenclature & Stamping:↑

後年のものと比べるとかなりシンプルな、英国国内向けDouble Patentを含む刻印群。ボウルボトムのセリフ書体1はインナーチューブサイズナンバー。英国国内向けのため、MADE IN ENGLANDのP.O.Sは存在しない。Double Patentの内訳は、PAT. N° 119708/17(サンドブラストの特許番号)と116989/17(フランジ付きINNER TUBEの特許番号)。ホワイトスポットは象牙製のややクリーム色がかった口径の小さなもの。

 

pic15 pic16 pic17

Bruyère & Shellbriar:↑

1950年製Bruyère Oとの対比。ブルドッグという幾何学的なシェイプがブラストによって崩されることによって生まれる迫力がよく分かる。

 

 

 

shape: #O squat-bulldog
stem: handcut vulcanite
junction: normal push tenon
color: reddish highlight sandblasted
ornament:none
length: 152mm
height: 35mm
chamber dia : 21mm
chamber depth: 30mm
weight: 31g

nomenclature:
1 (serif)
DUNHILL'S "SHELL BRIAR"
PAT. Nos 119708/17&116989/17 0
(0 underlined)

ivory white dot on the stem

note:
・未使用新品

(※1)1920年代のAlfred Dunhillのカタログ、"About Smoke"には、「Althogh it is impossible to standardise the patterns of "Shells"-the ultimate shape being largely determined by the natural trend of the grains- a large stock is carried and any Standard or Quaint Shape can be closely matched(最終的なshellの形状は自然なグレインの流れにより決定されるため、スタンダード化することが極めて困難ではありますが、大量のストックを揃えており、どのパイプも全てスタンダード・シェイプもしくはQuaintシェイプのどれかにマッチしております)」とある。発売当初、そのあまりにもラグドなテクスチャのため大量のクレームを受けたAlfred Dunhillは、1920年代〜1930年代の間、Shell Briarからシェイプナンバーをしばしばオミットしていた。("About Smoke"でもShell Briarはシェイプナンバーが印刷されず、サンプル番号が振られるに留まっている。シェイプOの例。)この場合ボウルボトムのシェイプナンバー刻印領域には、シェイプナンバーの代わりにインナーチューブのサイズナンバーが打刻される。インナーチューブナンバーはシェイプナンバー(サンセリフ)とは違い、セリフ書体なので一目で判別が可能である。この番号をしばしばシェイプナンバーと混同している例が見られるので要注意。

(※2)北米モダン作家を代表するハイグレーダー、Michael Lindnerのサンドブラストに、戦前のDunhill Shell Briarを意識した"Antique Shell"なるフィニッシュがあるが、テクスチャ、ステインの面でPatent期のDunhillに匹敵するキャラクターを持つものはこれが唯一の例だろう。