intoroduction | marques | resource | articles | links
S.Weingott & Sonは1859年、サミュエル・ウェインゴットがロンドンのフリート・ストリート(※1)にオープンしたシガーショップから始まった。ブライヤーパイプの隆盛を敏感に感じ取ったサミュエルは、1860年代という英国パイプ史上でもかなり早い部類に入る時期にブライヤーパイプの製作を開始する。S.Weingott & Sonはロンドン市内に多くフランスからの職人を擁した工房を持ち、適切に熟成されたブライヤーを使用したそのパイプは一時期かなりの人気を博した。当時のプライスリストや、1886年にはウィーンのメシャム工房を買収し、1890年代までメシャムパイプの製作を行っていたという事実から、S.Weingott & Sonの作っていたパイプはComoy'sやLoeweと肩を並べる歴としたハイグレード・パイプだったようである。
サミュエルは店舗のあるフリート・ストリート近辺の街並みを愛し、テンプル・バーやロイヤル・コート(※2)といった近辺の地名を自ら製作するパイプに冠した。彼は1933年に死去するまでに質の高いパイプの製作に心血を注いだが、息子の代になると経営に陰りが見えるようになり、1930年代中にS.Weingott & Sonの権利は一家の手から離れることになる。
所有者をいくつか変えつつも、ブランドは最終的にCadogan investmentの手に渡り、S.Weingott & Sonの名の元でのパイプ製作は1990年代まで行われていた。現在ではFour VintnersというワインショップがWeingottの権利を持ち、同店の提供するシガー・タバココーナーとして1859年から連綿と続いたWeingottの名が使用されている。ロンドンでは現在も"Briar manufacturer since 1859"と書かれたサインが、家族経営時代と同じフリート・ストリートのアドレスに誇らしげに残されているという。(※3)
Family eraのWeingottは紛うことなきハイグレードパイプである。重厚な英国パイプらしいシェイプ感覚に加え、素晴らしいコンセントリシティやエンジニアリングなど、コレクティブルとしては無銘ながらも当時の他のプレミアム・パイプメーカーに勝るとも劣らない質を誇っている。また当時の広告にはSeasoned Briarの記述があることや、実際にサンプルを吸ってみた感触から言えば、Weingottも他の多くのメーカーと同じく独自のブライヤーキュアリングに関するノウハウをかなり蓄積していたと思われる。
残された資料が非常に少ないため、dating以前にWeingottにはFamily era/Post Family eraを判断する手立てすらない。それどころか家族経営以降、どんな所有者の元にブランドがあったのかすら不明である。判明している限りでは、最終的な生産は、他の多くのブランドと同じくCadogan Investmentの手によるものだったということである。
現在のところ、Weingottには三つの時代区分があると考えられる。目下研究中。
創立から経営が家族の手を離れるまでの期間。この時期のWeingottは完全なハイグレードパイプである。ダッシュで囲まれた特徴的なライン名をシャンクニアサイドに持つのが特徴。
家族経営が終了したが、同一ファームでの製作が続けられていた時代。ライン名はなく、シャンクファーサイドにWEINGOTT LONDONのスタンプがあるのみである。安価なグレードではエクステリアやエンジニアリング面での劣化が激しく、マウスピースも低品質のプレス物となり、バスケットパイプすれすれのクオリティに堕してしまう。だが不思議なことにPre-CadoganのWeingottにおいてはそういった製品でも優秀な喫味を保っており、ブライヤーの質やキュアリング方法にあまり変化がない。人手に渡ると極端に質が落ちるメーカーが多かった英国パイプの中でも、この時代のWeingottは劣悪な外見と優秀なスモーキングクオリティというちぐはぐな内容を持つ実に珍しいブランドであるといえる。
Orlikの手を経てCadogan investmentに吸収された時代。Comoy'sと共通のシェイプナンバーと、同じく円形MADE IN LONDON ENGLANDのP.O.Sを持つので簡単に判別がつく。Cadoganに吸収され一括でSouthend on Seaの元Orlikの工場で製作されていたものと考えられる。他のCadogan製ブランドと同じくその質に見るべきものはない。
まだ試したサンプルが少ないのだが、Weingottの喫味は素晴らしいと断言できる。非常に明瞭な煙草の甘さと、全域に横溢するコクの強さが特徴的である。Alfred DunhillのBruyereと、Comoy'sを足したような味わいだといえば近いだろうか。全体的に華やかで、Comoy'sほど重くないのも評価が高いと言える。煙草の種類も選ばず、ヴァージニアフレイクからバルカンブレンドまで、その質の高い味を堪能できるだろう。また、この特徴がFamily eraが終焉した後にもかなり長い間維持されているのも特筆に価する。最終期のCadogan製のパイプを除けば、Barling、Sasieni、そしてDunhillに肩を並べるに足りるメーカーであると言えるのではないだろうか。
The Royal Courts Pipe
The Weingott Pipe
The Templebar Pipe
The "S.W." Pipe
The Junior Counsel Pipe
The Highway Pipe
The Highway Junior Pipe
The Wallnut De Luxe Pipe
S.Weingott & Son The Weingott Pipe (c1935)
S.Weingott & Son "The Templebar Briar" bulldog (c1935)
S.Weingott & Son "The Weingott Pipe" #25 Billiard (c1920)
"The Weingott Pipe" |
c.1920 |
"The Weingott Pipe" |
c.1935 |
"The Templebar Briar" |
c.1935 |
(※1)イギリスの文豪、チャールズ・ディケンズの代表作『二都物語』では、主要人物のジャービス・ロリーがフリート街にある銀行の事務員という設定で、冒頭部分で当時のフリート・ストリートの様子が活写されている。『二都物語』の発表は1859年なので、サミュエル・ウェインゴットが店を開いた時期と丁度重なっている。
(※2)サミュエル・ウェインゴットが証人として発言した記録が当時の裁判記録に残っている。
(※3)2018年現在、フリート・ストリート3番に存在したWeingottの店舗はFour Vintnersの手を離れ、現在ではThe Freet Street Pressというコーヒーショップになっている。店構えは往時の面影を留めており(というのも当該の建物は保存リスト入りとなっており、政府の許可なしに勝手に手を加えてはならないそうである)、The Freet Street Pressのスタッフによれば店の向かって右側面の例の"Briar manufacturer since 1859"の看板も現在の外装に覆われてはいるもののその下にちゃんと存在しているそうである。尚The Fleet Street Pressの名物はロンドン一美味いというホットチョコレートだそうなので、ロンドン旅行に行かれる方は寄ってみてはどうでしょう。追記:Fleet Street Press、順調に事業拡大して店舗も増え、現在ではPress Coffee Londonとなっているようです。
(※4)尚、日本人でWeingottを愛用した人物としては、ジェームス・バリー『妖姫ニコティン』の翻訳者であり、日本で初めてパイプクラブを主催したというジャーナリストの石川欣一氏の名が挙げられる。氏はフリート・ストリートのウェインゴットの店でWeingottを購入し、一時期は数十本のコレクションから絞り込んだ僅か三本のローテーションの筆頭パイプとしてweingottを愛用していた。その様は氏の煙草関連のエッセイに見ることができる。