Barling's CYG-Smoker Regd. 35 billiard w/patent No. (c1935)

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喫煙用パイプの歴史を繙くと、1930年代とは即ち<システム・パイプの10年>と要約することができるだろう。Comoy's Grand Slam、Keywoodie Drinkless、Sasieni Patented Fitmentなど、多くのパイプメーカーによって枚挙に暇がないほどのギミックがこの時代に開発されたのである。堅実にして職人肌な社風のBarlingといえども例外ではなく、この潮流に乗るべくシステム・パイプをリリースしていた。それがこの項で紹介するCYG-Smoker Briarである。

YOW boxCYG-Smoker Briarは1935年発行のプライスリストにライン名が記載されており、以前よりその存在はBarlingコレクターの間で知られていた。今回幸運にも付属品まで完全に揃った良好な状態の未使用品を入手することができたため、その概要を明らかにすることができた。

Barlingが自社のシステムとして選択したのは、Dunhill Absorbent Inner Tubeにも似た、紙素材による使い捨てのストロー形吸着チューブをステム内に挿入する形式のものであった。吸着チューブによって喫煙時に不快なジュースがマウスピースを通って口腔内に侵入することを防ぐ仕組みだが、ライバルであったDunhillによるものとは違い、交換用のペーパーチューブはアルミホイル様の素材でカバーされ、より耐久性にすぐれシャンク内にヤニの浸潤を防ぐ効果の高いものになっている。この形式は他社が採用していたフィットメント形式よりも乱流の発生が少なく、より自然な煙草の風味を味わいことができるが、CYG-Smokerという一種ハイテクさを連想させるエキゾチックなライン名の割にはオーセンティックで奇を衒ったところがない。Barlingは英国パイプの中でも最もエアフロー理論に造詣の深く、ブライヤーの質を最重要視し、そして派手なマーケティングとは無縁だったファームだが、Barling発のシステムパイプのシステムとして、これはいかにも彼ららしい選択だったといえるかもしれない。紙チューブ表面へのアルミホイルの使用にも、Barlingらしい品質へのこだわりが見て取れると思う。

価格は1935年当時10シリング6ペンス。Standard Briar(いわゆる生Make)と同価格である。1957年のパンフレットには絵入りで紹介されているため、Pre-Trans Eraの終わり(1960年)まで継続して製造・販売されたと考えてよいだろう。個人的にもいつか入手したいと考えて数年間ebayをチェックし続けていたパイプであり、コレクティブルなサンプルを得ていささか感慨深い。

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Barling's billiard shape execution :↑

1957年のパンフレットによれば、CYG-Smokerのシェイプリストは別項、ということになっている。ペーパーチューブを封入する必要があるため、シャンクにはある程度の長さが必要で、ベントパイプも除外されていたことは想像に難くない。このシェイプ35(※1)はリバプールにも接近するほどのシャンクの長さが確保されたビリヤード・シェイプである。まだ1920年代のアール・デコ時代の優雅さを残した丸みのあるシェイプエクゼキューションが美しい。戦後Barlingの謹厳なイメージとは少々異なった印象のあるシェイプである。尚このパイプにはサイズコードが振られていないが、大よそLからELの(当時としては)ミディアム・サイズに相当すると思われる。

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Briar texture of Barling CYG-Smoker:↑

CYG-SmokerStandard Briarと同価格のラインであり、ブライヤーのグレインやステインにも特別見るべき点はない。だが未使用品だけあって、製造当時そのままのプラムカラー・ステインが完全な状態で保全されている。深く美しいステイン。一番下の写真では未使用のボウル内部にまでステインが施されているのがわかる。

 

 

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Barling CYG-Smoker Engineering & Mouthpipece:↑

(上)後述するAbsorbent Inner Tubeをステムに装着した状態のテノン。DunhillのメタルInner Tubeとは違い、大部分はステムではなくシャンク内に封入されてジュース・水分の除去というその機能を果たす。

(下)後年の特徴的な大容量スロットを備えたステムとは異なる、1930年代のBarlingのリップ。やや丸みを帯びて突出したボタンが特徴で、これはそれ以前のオリフィック・ボタンからの過渡期のものであると言える。以前紹介したBarling Pipeletと同様のリップスタイルである。言うまでもないがフィットや精度はBarlingらしく一級のものである。

 

 

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Barling CYG-Smoker stamping:↑

これも非常に興味深いポイント。1957年のパンフレットのイラストに克明に描写されているように、CYG-Smokerのメーカーマークはアポストロフィつきの筆記体のものが使用されている。『Pre-Trans Barlingのメーカーマークはブロック体でアーチ上のBarling's Makeであり、例外はGuinea Grainのみ』というのが一般的に流布している認識であるが、Barling Pipeletと同じく、例外は他にも存在していたということになる。Barling'sの形状はGuinea Grainのものと全く同一である。

シャンクファーサイドには、Absorbent Inner TubeのパテントナンバーであるPat.No 272812/27と、タバコニストの名前が刻印されている。BOWLES & SON Ltd.は英国ウェールズ地方の首都であるカーディフと、その隣の都市ニューポートを中心に展開していたタバコニスト・チェーンである。1888年に開業し、1979年ごろまで営業していたという。

 

 

 

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Barling CYG-Smoker Abosorbent inner Tube:↑

(上)そしてこれが問題の、CYG-Smokerの最大の特徴であるアルミ皮膜付きのペーパーチューブ。パテントナンバーはPat.No 272812/27で、1927年に出願されている。ペーパーチューブは書類では"absorbent liner"もしくは"abosorbent inner tube"と表記されている。"non-permeable(浸透性のない)"という記述があるのでやはりアルミ皮膜はヤニの浸潤を防止するためのものであることがわかる。三本入りでセロファンの袋に封入されたものが2セット付属していた。ブルー地に銀文字のBarlingのメーカーロゴが入ったシールが貼られている。

 

 

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Pre-Trans Barling additional stamping:↑

(上)付属品の一部。戦前のBarlingに付属してくる三角形の布製パイプソック。クラシカルなデザインで色もシックである。

(下)こちらはボックス。CYG-Smokerは後年にはブルーの専用箱が用意されていたようだが、この時代にはまだStandard Briarと共通の臙脂色のものだったようだ。例の1XX Year Standing...の部分は120となっているので、Barling創業の1812年に足してこの箱は1932年〜1942年の間に印刷・使用されたものだと推論できる。箱サイドのペンで記入されたシェイプナンバーはパイプと一致しているためオリジナルボックスと断定。「C」はCYG-Smokerの略称だろうか。末尾の10シリング6ペンスの価格(※2)は1935年のプライスリストのものと一致する。総合的に考えてこのパイプが1935年頃に製造されたものである、と結論する根拠となった。

蛇足ではあるが、このパイプをオークションで購入するにあたって、PayPalのポリシーの更新による支払い限度額の問題でセラーの方にはご迷惑をかけてしまった。頻繁にebayオークションを利用するパイプマニアの方はPayPalの支払い限度額のリミット設定には注意しましょう。

 

 

 

shape: 35 billiard
junction: normal
color: dark plum
ornament:none
length: 140mm
height: 45mm
chamber dia: 18mm
chamber depth: 41mm
weight: 32g

nomenclature:
BARLING'S(script)
CYG-SMOKER REGD(block)
35


BOWLES & SON LTD
CARDIFF AND NEWPORT
PATENT 272812/27


Barling Cross on the stem

note:
・未使用新品 付属品あり

(※1) Pre-Trans Barlingの特徴であるNicolsシェイプナンバーは3桁である、というのが通説だが、正確には「1〜3桁まで」と言うべきであり、当然ながら1桁のナンバーや二桁のナンバーも存在する。ビリヤード・シェイプの52などが有名だが、このミディアムサイズ・ビリヤードの35番もそんな1〜3桁のナンバーが振られたうちの一シェイプであろう。

(※2) 1971年以前のイギリスでは10/6の表記は10シリング6ペンスを表す。1ポンド=20シリング=240ペンス(1971年シリングは廃止され1ポンド=100ペンスとなった)。10シリング6ペンスは1935年の小売指標で現在の29.8ポンド、同年の平均取得指標で84.3ポンドに換算できる。パイプは消耗品ではないので平均取得から換算して、大体現在の日本円で8千円〜1万円程度と考えよいのではないだろうか。Dunhillのパイプに比べるとかなりリーズナブルで、現在のコレクティブル市場での価値に反してBarlingがそれほど高価なパイプではなかったことを表している。なお、この価格帯はComoyやWeingottの平均的なグレードの価格帯でもあった。余談だが『不思議の国のアリス』に登場する気狂い帽子屋(マッド・ハッター)の帽子にも、この数字と全く同じ10/6の値札が貼り付けられている。1シリングは12ペンスだったので、6ペンスは十進法で言う「5」と同じく半分の数字としてよく使われていたのだろう。